『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』をめぐって、劇場のマナーの話が話題となっていました。

盗撮だの、私語だの、前の席を蹴られただの、夏休みらしからぬ話がネットにずらりと並んでいます。

しまいには「これは子供向けの映画ではない」と言い出す大人まで現れました

これでは夏休みに子供と映画へ行くことを、少しためらってしまう人もいるかもしれません…。

うちも小学生の子供を連れて観に行ったクチなので、この空気はどうにも他人事ではないと思いました。

しかも8月に入ってからは、この話がネットの内輪もめでは収まらなくなり、SNSでもいくつも「鑑賞マナー論争」として取り上げられ、いよいよ全国区の言い争いになっています。

 

ちいかわ映画に大人が殺到?

もともとこの映画は、夏休みの子供向けとして用意されたものでした。

7月24日から全国447館での公開ですから、完全に夏休み興行の構えといっていいからです。

ところが封切られるやいなや、内容が大人にこそ刺さるという話がネットで一気に広まります。

そこから普段アニメ映画になど行かない大人たちが、続々と劇場へ押しかけたわけです。

 

その勢いは数字にも出ていて、8月13日の発表では公開20日間で興行収入が約80億7000万円、動員は約563万人まで伸びていました。

このペースなら100億円も見えてくる、と言われている状況です。

 

なぜ、大人がここまでハマってしまうのか。

ひと言でいえば、かわいい絵柄の裏に、ずいぶん重たいものが仕込まれているからです。

登場人物は理不尽な目に遭いますし、頑張ったからといって必ず報われるわけでもありません。

それでも翌日はやってきて、日々は淡々と続いていきます。

その手触りが、仕事や生活で似たような感覚を味わっている大人の側に、思いのほか深く刺さってしまったんですよね。

 

混み具合に追い打ちをかけたのが、入場者特典でした。

8月8日からは第2弾の「ボンボンドロップシール」の配布が始まっています。

これがリピーターの背中を押して、公開から2週間以上たっているのに客足がもう一度跳ね上がりました

特典目当ての2周目・3周目が、夏休みの親子連れとまったく同じ回に流れ込んでいるわけです。

 

問題は、そのあと。

真剣に観たい大人と、キャラクターに会いに来た親子連れが、同じ暗い箱に詰め込まれることになりました。

そして、いちばん大きな騒ぎになったのがこちら。

2周目の鑑賞中に、前の席の客がスマホで撮影を始めたという報告です。

投稿者はわざわざ上映中に席を立ち、スタッフへ知らせに行っているのですが、スタッフは様子を見ると言って引き上げ、その客は堂々と最後まで撮り続けて帰ったといいます。

上映前にあの「映画泥棒」の映像を観たばかりの席で、堂々と泥棒をはたらく度胸。

これは個人で楽しむつもりだったとしても、立派な犯罪です。

公開から8か月以内の映画の盗撮には、10年以下の拘禁刑(去年までの「懲役」です)または1000万円以下の罰金が用意されています。

 

こういう話が次から次へと流れてくると、観に行く前から身構えてしまう人も出てくるはずです。

マナーの悪い客の話を見るたびに行くのが怖くなって、迷っているという声ですね。

近所の映画館が親子連れのメッカだから、というひと言がなんとも切ないところ。

本来なら、そこがいちばん気楽に入れる場所のはずなんですよね。

 

子供向けじゃないという声

ここから、話が妙な方向へ転がっていきます。

劇場のマナーが荒れているという話が、いつのまにか「子供が来るからだ」という話へすり替わり始めたのです。

ネットでは、この作品がもともと20代以上の女性に向けて作られたもので、そもそも子供向けではないという声まで出ています。

だから小さい子を連れてくるほうが間違っている、というわけですね。

たしかにこの作品は、もともとネットで大人の間から広がっていったところがあります。

ただ、映画のほうは夏休みのど真ん中に、447館という規模で全国公開されているわけです。

作り手が親子連れをまったく想定していない、とは考えにくいと思うんですよね。

 

そこへさらに火をつけたのが、赤ちゃん連れの話でした。

上映直前に1歳半くらいの赤ちゃんを連れたお母さんが入ってきて、最初は怖がって泣いていた、という報告です。

これに「さすがに赤ちゃんは無理だろう」という声がわっと集まりました。

その気持ちは、わからなくもありません。

2時間近く暗い部屋で大きな音が鳴り続ける場所は、赤ちゃんにとって楽しい場所とは言いにくいですし、泣いてしまえば本人がいちばんつらいわけですから。

 

ただ、この投稿にはちゃんと続きがあります。

上映が始まってからの赤ちゃんは比較的おとなしく、ちいかわたちが寝る場面になるたび「ネンネ」と指をさしていたそうです。

かわいいじゃないですか。

そしてここで、まったく別のものが一緒くたにされています。

赤ちゃんと、小学生。

1歳半を連れていくかどうかと、小学生を連れていくかどうかは、まったく別の相談です。

それが「子供」でひとくくりにされた瞬間、夏休みに子供と観に行こうとしていただけの親まで、なんとなく責められている気分になってしまいます。

 

ちなみにこの映画に年齢制限はかかっていません

映倫の区分はG、つまり誰が観てもかまわない映画として世に出ています。

上映時間も99分で、長編アニメとしてはむしろ短いほう。

ただ、たしかに怖がって泣く子はいますし、内容も想像よりずいぶん骨があります。

物語の軸になるのは人魚の島に伝わる言い伝えで、かわいい絵柄のわりに歌声も展開もなかなか不気味なんです。

絵本に鬼のページが出てきたときと同じで、泣く子は泣きますし、平気な子はケラケラ笑っている。

それくらいの幅がある、と思ってもらえれば近いはずです。

 

それと、これは観たあとの話なのですが、上映が終わった直後の場内は、けっこうざわつくのだそうです。

子供の元気な声に、大人の戸惑ったような声が混ざる。

我が子に「大丈夫だった?」と声をかけたり、「最後わかった?」と確かめたりしている親の姿もあったといいます。

頷いてはいるけれど、たぶん半分もわかっていない。

でも、わからなかった部分を帰り道で聞かれるのが、この映画のいちばんおいしいところだったりします。

うちの子はケロッとした顔で出てきました。

隣の席の子は泣いていたかもしれません。

それくらいの幅がある作品を、観てもいない人が向いている・向いていないと決めてしまうのは、やっぱり乱暴な気がします。

 

マナーが悪いのは子供なの?

では、実際に劇場を荒らしているのは誰なのでしょうか。

調べていくうちに、なんだか妙な気分になってきました。

喋り声がうるさかった、席を蹴られた、スマホの明かりがちらついた——流れてくる報告をよく読んでいくと、やらかしている側にずいぶん大人が混ざっているんですよね。

子供がほとんどいないレイトショーで、隣の席の大人たちが喋り続けていたという話です。

しかも映画泥棒の映像が流れている最中から喋っていたというのですから、もう答えが出ている気がします。

 

8月に入ると、こうした報告はニュース記事にまとめられるようになりました。

お気に入りのキャラクターのセリフに合わせて、大声で奇声を上げていた大人。

上映中ずっと大声で喋り続けていた、隣の席のおばさんグループ。

「子供よりタチが悪い」という言葉が記事の見出しに使われるくらいですから、現場はそれなりのことになっていたのでしょう。

盗撮をやったのは大人です。

夜の回で喋っていたのも大人。

そのうえで、子供向けの映画に来て、子供が邪魔だと怒っている。

これはさすがに、どうなんでしょうか。

 

一方で、正反対の声もありました。

ネットには「子供向けの映画に、静かにするマナーなんてない」と言い切る声まで出ています。

子連れがうるさいのなら、大人のほうが時間をずらせばいいだけ、という理屈ですね。

正直、これはこれで振り切りすぎでしょう。

反対側には「守れない子はまだ映画館が早いということでは」という声が並んでいます。

こうなると、ふつうに子供と観に行きたいだけの親の声は、どこにも届きません。

 

そもそも、夏休みの全年齢向けアニメ映画の客席で、大人だけの静けさを求めるのは無理があると思うんです。

多少の子供の声は、最初から織り込み済みの上映のはずですから。

 

もちろん、真剣に観たい人の気持ちもよくわかります。

決して安くないお金と時間を使って、集中して物語の中に入りたいわけですから。

その最中に後ろから座席を蹴られたり、隣で延々と解説が始まったりすれば、そりゃあ腹も立ちますよね。

走り回る、大声を出す、座席を蹴る、あたりが論外なのは言うまでもありません。

ただ、映画の途中で子供が親に「あれなに?」と小声で聞くくらいのことまで、大人と同じ物差しで咎められるとしたら、私はそれは違うと思うんです。

子供にとって、暗い場所で99分じっと座っていること自体が、けっこうな修行ですから。

大人が当たり前にできることを、そのまま子供に求めるのは筋が違います

 

ただし、親の側が何もしなくていい、という話ではまったくありません。

子供に伝えておきたいことは、たとえばこのあたり。

  • 上映が始まったら静かにすること
  • 前の席を蹴らないこと
  • 途中でスマホを触らないこと

これを教えるのは、間違いなく親の仕事です。

というより、そういう約束ごとを覚えていく場として、映画館ほどわかりやすい教室もありません。

守れない日があってもいいと思います。

伝えているかどうかのほうが、よほど大事なのではないでしょうか。

 

ドラえもんの回とはどう違う?

とはいえ、子供と行くアニメ映画がいつもこんなに殺伐としているわけではありません。

うちはドラえもんやピクサーの映画にもよく足を運ぶほうですが、あの手の劇場はもっとゆるいんです。

子供がちょっと声を出したところで、周りも同じ立場の親ばかりなので、お互いさまの空気が最初から流れています。

大人がガチで観に来ているちいかわの現状のほうが、むしろ特殊なんですよね。

 

それに、荒れた話ばかりが目立つのは、荒れた話ほど遠くまで飛んでいくからでもあるでしょう。

実際には、こういう報告もちゃんとありました。

昼どきのほぼ満席の回で、カップルと親子連れがほとんどだったのに、びっくりするくらい静かだったそうです。

静かすぎて逆に怖かった、というオチまで付いています。

たぶん、こっちのほうが多数派でしょう。

563万人が観て、騒ぎになっているのは数えるほどですから。

 

泣いても平気なちいかわの回

映画館には、赤ちゃんや小さい子と一緒に入れる上映回がちゃんと用意されています。

照明を通常より明るくして、音量を下げて、泣いてもお互いさまという回です。

TOHOシネマズなら「ベイビークラブシアター」。

ユナイテッド・シネマなら「デビューdeシネマ」。

呼び名は劇場によって違いますが、やっていること自体はどこもよく似ています。

ベイビークラブシアターのほうは0歳から未就学児までの子供と保護者が対象で、月に1〜2回ほど組まれているようです。

ベビーカー置き場まで用意されていますし、周りは全員が同じ立場の親ばかり。

ただし、その回でちいかわがかかるかどうかは劇場と時期によります。

近所の劇場のサイトで上映スケジュールを覗いてみると、案外あっさり見つかるはずですよ。

 

うちの子はプラネタリウムも好きで、たまに親子向けの回に連れていくんです。

ああいう回は子供が「わー」と声を出しても誰も振り向きませんし、私のほうも肩の力を抜いて、我が子が夢中になっている顔をゆっくり眺めていられます。

あの時間の、なんとも言えない安心感。

小さい子と観たいなら、そういう回を狙うのが結局いちばん楽しめるかもしれませんね。

 

もうひとつ、子供が喜びそうな回も始まっています。

8月12日から全国7つの劇場で順次開かれている「お見送り上映会」です。

本編が終わったあとのスクリーンに、ちいかわとハチワレとうさぎが出てきて見送ってくれるという趣向。

暗い場所で99分を耐えきった子供にとっては、これ以上ないごほうびになりますよね。

 

それと、どの回を選ぶかでもずいぶん変わりそうです。

レイトショーはそもそも子供がいない前提の時間帯なので、集中して観たい大人が自然と集まります。

今回いちばん報告が集まっていたのも、実はこの時間帯でした。

逆に、平日の午前や昼どきの回は親子連れの割合が高くなる。

先ほどの「満席なのに驚くほど静かだった」という報告も、ちょうどお昼の回でしたね。

 

夏休みも、残り二週間ほどになりました。

興行収入はまだ伸びていますし、新しい特典が出ればまた席は埋まるでしょう。

それでも公開直後のあの張り詰め方は、少しずつほどけてきているように見えます。

子供が「ちいかわ観たい」と言い出したときに、親のほうが劇場の空気を心配しなくて済む。

そのくらいの夏であってほしいと願っています。